Happylight 鎌倉 加美尾花

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偲ぶ心、、江戸アケミへ捧ぐ




去年までの三年間、続けて縁のある同世代の人が亡くなった。
若くはないが旅立つには若過ぎる。
残されたものには悔恨と喪失感を深く残す痛ましい死だ。
今年はそんな悲しいニュースが飛び込んで来ないよう、
切に思う・・・・



毎年この時期になると、ある人物に想いを馳せる。

しろくまは70年代のごく短い間、
東京の下北沢という街に暮らした。
いまこの街のイメージは小洒落たありきたりの街であろう。
しかし70年代、ここは東京の中でも異彩を放つ
特別な場所のひとつだった。
ここにある 「 何か 」 に魅かれ、
溢れるパッションを持て余すアーティスト、一発当てたろう!的な
ギラギラした野獣の瞳を持つ若者が多く集まっていた。

自分はあまりに若くそんなアニキ的な彼らを
羨望の眼差しで見ているだけだったが、
良くも悪くもこの時代の体験が今に至る自分の人生に
影響を与え続けていると思う。





そんなアニキなひとりに 江戸アケミ という人物がいた。
80年代初頭活性化したロックシーンから、
多くの優れたバンドが生まれた。
そのひとつに 「 じゃがたら 」 というバンドがあった。
彼らは話題性、音楽性、存在感、、すべてにおいて突出していた。
そのバンドを作ったのが彼だ。
70年代後半から80年代を凄い勢いで弾け、砕け、駆け抜けた。
そして90年に36歳の短い生涯を終えた。

彼は哲学者であり詩人だ。
手段のひとつが音楽であったのだと、
自分は理解している。

自分は彼について語るほどに彼を理解していない。
彼とじゃがたらについては今なお古い音源がCD化されたり、
多くの刊行物が出版されているので興味のある方はくぐってほしい。


じゃがたら3


当時自分を可愛がってくれた、個性あふれるアニキたちの中でも
彼のアナーキーな突き抜け感は半端なかった。
そして子供の自分にも理解不能な音楽論や哲学を
熱く語ってくれた。
そんなとても優しく繊細な男だった。
若くして自分に、「 俺は凡人だ・・・」と
つくづく気づかせてくれた人でもあった。


自然彼の元には若きタレントが集った。
じゃがたらのメンバーには、
いまでは日本では最高と言っても良い、ホーンアレンジャーである、
村田陽一や、振付師としてはやはり日本で最も有名であろう、
南 流石をはじめ、オリジナリティー溢れる優れたアーティストを輩出した。
彼と関わった関係者もしかりだ。

一方彼が最もシンパシーを感じていたメンバーの二人は
アケミ急逝後、彼を追うが如く逝ってしまった。

それがどんなものであれ、彼が人に与える影響は絶大だった。
カリスマと言うと、きっと彼は怒るだろう。
そんな言い回しを嫌う人だったから。


彼は良くこう言った、、、
「お前はお前のロックンロールをやれ!」


じゃがたら4


ある時若いミュージッシャンと、
自分と江戸とのかかわりの話をした事があった。
目を輝かし自分を羨望の眼差しで見る彼を見て、
心底嬉しかった。


そう、1月27日、
今日はアケミの命日、、静かに偲ぼう。
そして自分の誕生日だ。
今まで通りこれからも、この日が来る度、
彼を偲び、少しだけ自分を祝う。

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